名古屋地方裁判所 平成5年(ワ)1553号 判決 1997年2月28日
愛知県<以下省略>
原告
有限会社X
右代表者代表取締役
A
右訴訟代理人弁護士
織田幸二
右訴訟復代理人弁護士
角谷晴重
同
朴憲洙
同
小関敏光
同
太田寛
東京都中央区<以下省略>
被告
内外証券株式会社
右代表者代表取締役
B
右訴訟代理人弁護士
小林庸男
主文
一 被告は、原告に対し、金一億一〇〇九万七二二九円及び内金一億〇五〇九万七二二九円に対する平成四年四月一日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、第一項について、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、金二億一二三一万六一三八円及び内金一億五六一二万五九一九円に対する平成三年五月一日から、内金一三八二万八〇〇〇円に対する平成三年五月三〇日から、内金九九万一五八八円に対する平成三年九月二六日から、各支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告が証券会社である被告との間で証券取引をなしていたところ、原告は、被告の営業担当者が利回り保証の約束をして原告に証券取引を勧誘し、原告に利回りを保証した証券取引及び一任勘定の証券取引をなさしめて原告に損害を与えたものであり、被告担当者の右行為は不法行為にあたると主張し、被告に対し、不法行為の使用者責任に基づく損害賠償を求めた事案である。
一 本件紛争に至る経過
1(当事者等)
(一) 原告は、不動産賃貸業等を目的とする有限会社であり、原告の代表取締役であるA(以下、「A」という。)が所有する土地を賃貸する事業のため、昭和六二年五月二六日に設立されたものであるが、同年一〇月三一日、その事業目的に株式の保有、管理等を加えた。原告は、従業員や営業用の事務所を持たず、Aの自宅を本店所在地とし、それまでAが個人として行っていた事業を有限会社として運営するようにしたものである。
(二) 被告は、東京都中央区日本橋兜町に本店を置く証券取引業の株式会社であり、名古屋市内において、名古屋支店、名古屋駅前支店及び新瑞橋支店等の営業所を持って、証券取引の営業を行っていたものである。
(三) C(以下、「C」という。)は、昭和六三年三月頃、被告の名古屋駅前支店の前支店長D(以下、「D」という。)の後任として支店長に就任したものであり、平成元年三月頃、本店株式部に転勤するまで、同支店の取引を管理する地位にあった。
E(以下、「E」という。)は、昭和六三年頃、被告の名古屋駅前支店第一課長であり、平成元年三月二二日頃、被告の新瑞橋支店に転勤になり、平成三年一一月頃に本店監査部次長に転勤するまで、新瑞橋支店次長の地位にあった。Eは、平成四年四月四日、病死した。
F(以下、「F」という。)は、平成元年一月頃、被告の新瑞橋支店の営業次長であり、同年三月に同支店の支店長に昇格し、平成三年一〇月に転勤するまで同支店の取引を管理する地位にあった。
(以上の各事実につき、甲第一五号証、乙第一九号証、証人C、同F、原告代表者A、弁論の全趣旨。)
2(原告の証券取引経験)
(一) Aは、昭和五〇年頃、野村證券株式会社との間で半年間位の期間で証券取引をした経験があり、その当時の投資額は総計一ないし二千万円位であった。Aは、昭和六二年三月二〇日頃から被告との間で証券取引を開始し、月平均の投資残高が一億数千万円に上る取引をし、右取引は昭和六三年七月頃まで頻繁に行われた。
(甲第一五号証、乙第二三号証、乙第二四号証の一ないし一五、乙第二五号証。)
(二) Aは、昭和六三年八月頃、それまで個人で行ってきた証券取引を原告の事業として行うこととし、同年八月二六日、被告の名古屋駅前支店に原告名義の取引口座を開設した(この取引口座は、後に原告が被告との間で開設した取引口座と区別するため、「A」と言われる。)。原告は、右取引口座において、同月以降、頻繁に証券取引を行い、同年一〇月六日以降は株式信用取引も行うようになった。
(甲第一五号証、乙第一号証、乙第三号証、乙第一九号証、原告代表者A。)
(三) 原告は、その後、平成元年一月一三日、被告の名古屋駅前支店に取引口座を開設した(この取引口座は、「b」と言われる。)。原告と被告との右各取引は、被告の名古屋駅前支店のEが担当者として行われたが、Eは、平成元年三月二二日頃、被告の新瑞橋支店に転勤したため、原告とA、bの各取引口座は被告の新瑞橋支店に移管され、引き続きEが担当者として関与した。
(甲第一五号証、乙第一ないし二号証、乙第一九号証、証人C、同F、原告代表者A。)
3(原告と被告の本件取引)
(一) 原告は昭和六三年一〇月一一日、被告の名古屋駅前支店で、「第七回内外債権・株式ファンド(投資信託)」一万口を代金一億円で購入し、右代金一億円を同月一三日に支払った(以下、右投資信託取引を「本件株式ファンド取引」という。)。このとき、Eは、原告に対し、右投資信託を表面利率年七パーセントで運用する旨を約束した。
原告は、平成二年一一月一五日、本件株式ファンド取引のうち四〇〇〇口を売却処分したが、価格の値下がりにより、売却価格は三四五六万円で、購入時価格四〇〇〇万円を五四四万円下まわるものであった。また、原告は、平成三年五月二四日、本件株式ファンド取引の残りの六〇〇〇口を売却処分したが、同様に価格の値下がりにより、売却価格は五一六一万二〇〇〇円で、購入時価格六〇〇〇万円を八三八万八〇〇〇円下まわるものであった。
(二) 原告は、平成三年五月二四日、被告の新瑞橋支店で「山一CBプラスオープン」二〇〇〇口を代金二〇三九万一五八八円で購入し、右代金を同月二九日に支払った(以下、右取引を「本件山一CB取引」という。)。このとき、Eは、原告に対し、平成四年五月三〇日までの期間保有した場合は元利金二一三九万一五八八円を支払い、途中換金の場合は利息分を日割計算で支払う旨約束する誓約書を差し入れた。
原告は、平成三年九月一九日、本件山一CB取引の二〇〇〇口を売却処分したが、価格の値下がりにより、売却価格は一九四〇万円で、購入時価格二〇三九万一五八八円を九九万一五八八円下まわるものであった。
(三) 原告は、平成元年一月頃、被告の名古屋駅前支店に資金運用のため投資信託することとし、原告は、被告に対し、同月一九日に九四六九万八六五〇円、同月二三日に一八七五万九九七〇円、同月三〇日に八二五四万二五〇〇円、合計金一億九六〇〇万一一二〇円を預託した。原告は、右運用資金をA名義で東海銀行から借り入れ、Aが原告に貸し付ける方法で用意したものであり、Eは、原告に対し、右資金を銀行金利以上の利回りで運用する旨を言明した。被告は、右取引につき、従来の原告の取引口座であるAと区別するため、新しくbの取引口座を開設し、同口座で取引の管理をした(以下、右取引を「本件資金運用取引」という。)。
本件資金運用取引は、平成四年三月三一日まで多数回の株式取引、株式信用取引がなされたが、同時期には、保護預かり分として帝国ピストンリング一万株(三九〇万円相当)、三共一〇〇〇株(二四一万円相当)、三共転換社債二〇〇〇口(二五一万二〇〇〇円相当)、保証金残金八八万三二〇一円を残すのみになった。
(以上の各事実は当事者間に争いがない。)
4(証券取引における損失保証又は利益保証特約についての法令規制)
(一) 改正された証券取引法五〇条の三、一項一ないし三号、一九九条及び二〇〇条は、有価証券の売買その他の証券取引において、証券会社が顧客に対し、損失保証又は利益保証する特約を網羅的に禁止し、この禁止に違反した場合は、証券会社及び顧客に対し、刑罰を科する旨を定め、もってその禁止を実効あらしめんとしている。右禁止は、改正法が施行された平成四年一月一日以降の右行為に及ぶのみならず、同時期以前に損失保証又は利益保証する特約をなした場合であっても同時期以降にその履行行為をする場合にも及ぶものである。
(二) 右改正法施行の前は、同法により証券会社の損失保証又は利益保証する特約は同様に禁止されていたが、刑罰を科するものではなかったので、証券会社に対する行政上の監督はともかく、私法上は右特約は有効と解されていた。しかし、改正法施行後は、改正前の特約に基づく履行請求も公序良俗に反するものと解されている。
(以上の各事実は当事者間に争いがない。)
5(一任勘定取引について)
(一) 一任勘定取引とは、顧客がその計算において証券取引をなす際に、証券会社又はその外務員に売買の別、銘柄、数、価格等の決定を一任して行う取引をいうが、このような取引は、一任された証券会社等と顧客の利害が時として対立しかねず、取引情報を把握する証券会社等による一任された権限の乱用のおそれが少なくないため、従来から、法令等によって一定の制限又は自粛の措置等が定められ、その一つとして、証券会社の団体である日本証券業協会は、加盟証券会社に対し、一任勘定取引の受託制限ないし自粛を求めていた。
(二) 「特金」といわれる特定金銭信託は、投資家が信託銀行に対し、投資対象の銘柄、価格、数量等を指定して、証券取引に運用する金銭を信託する取引であるが、投資家は、その証券取引につき投資信託会社を代理人に定め、その専門的知識によって資金を運用することができる。しかし、投資家が信託銀行に金銭を信託し、かつ、投資信託会社と顧問契約を締結して資金運用を図らなければならない等、手続と費用の負担がかかることから、投資家が直接証券会社に対し、資金の運用を一任する金銭信託を行う慣行が生まれていた。この取引は、多くの場合、証券会社の法人担当営業部に資金の運用を一任することから「営業特金」と言われてきたが、事実上の一任勘定取引であり、さまざまな弊害がある。そのため、平成四年の証券取引法改正において、証券会社が顧客から資金運用の委託を受け、証券取引につき一定の一任を受ける行為等を禁止し(同法五〇条一項三、四号)、実質的にいわゆる営業特金を禁止した。
(以上の各事実は当事者間に争いがない。)
二 本件の中心的争点
1 原告の請求原因(不法行為の成立)
(一) 原告は、本件株式ファンド取引をする際、被告の前名古屋駅前支店長D及び営業担当者Eから、年利率七パーセントを最低保証するので、一億円の投資信託を購入してもらいたいと勧誘を受け、また、同支店長Cからも同様の勧誘を受け、被告との間で、本件株式ファンド取引につき、金額一億円、利回り保証年利率七パーセント、期間平成二年一〇月一二日までとする利回り保証の約束をした。
右利回り保証の約束が違法なもので、効力がないとしても、原告は、被告の右約束を信じて取引に入ったもので、被告の営業担当従業員の右勧誘行為は違法なもので、不法行為にあたる。原告は、右不法行為により後記の損害を被っている。
(二) 原告は、本件山一CB取引をする際、被告の新瑞橋支店長F及び営業担当者Eから、年利率五パーセントを最低保証するので、山一CBプラスオープン二〇〇〇口を購入してもらいたいと勧誘を受け、被告との間で、本件山一CB取引につき、利回り保証年利率五パーセント以上で最終支払額二一三九万一五八八円を保証し、期間平成四年五月三〇日まで、途中換金の場合は日割計算で利回り分を支払うとする利回り保証の約束をした。
右利回り保証の約束が違法なもので、効力がないとしても、原告は、被告の右約束を信じて取引に入ったもので、被告の営業担当従業員の右勧誘行為は違法なもので、不法行為にあたる。原告は、右不法行為により後記の損害を被っている。
(三) 原告は、本件資金運用取引をする際、被告の名古屋駅前支店長C及び営業担当者Eから「被告に資金を預けて、株式売買を一任してもらえれば利回りを保証する、資金は銀行から借りて用意してもらいたい、銀行の借入金利は最低保証する、年利率七・五パーセントでどうでしょうか。」と「営業特金」取引の勧誘を受け、被告との間で、金額合計約二億円の本件資金運用取引につき、銀行金利以上の利回りを保証し、期間を平成四年三月三一日までとする旨の一任勘定取引の約束をした。
原告は、被告との一任勘定取引の約束によって、右取引期間中は途中解約できず、かつ、取引内容には指図ができないものとして、被告にその後の株式取引を一任し、被告の利回り保証の約束を信じて、右取引に入ったものであるが、被告の右一任勘定取引及びその利回りを保証する旨の勧誘行為は違法なもので、不法行為にあたる。原告は、右不法行為により後記の損害を被っている。
(四) 被告は、原告から本件資金運用取引につき一任を受けたものであるが、右委託を受けた取引の実施において、取引手数料等の自己の利益を得るため、数量及び頻度において過当な取引(チャーニング)をなし、証券会社が顧客に対して負担する忠実義務に反するものであり、いわゆる回転売買としてそれ自体不法行為を構成する。
(五) 原告に生じた損害
(1) 原告は、本件株式ファンド取引のため、昭和六三年一〇月一三日に一億円を被告に交付し、同金額の損害を被った。右損害につき同日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金が発生するところ、平成二年一一月二〇日に内金三四五六万円、平成三年五月二九日に内金五一六一万二〇〇〇円の損害元金の回収ができたので、その損害残元金は一三八二万八〇〇〇円、平成三年五月二九日までの遅延損害金は一二二二万三七七九円である。したがって、原告に生じた損害は、合計金二六〇五万一七七九円及び残元金一三八二万八〇〇〇円につき平成三年五月三〇日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金である。
(2) 原告は、本件山一CB取引のため、平成三年五月二九日に二〇三九万一五八八円を被告に交付し、同金額の損害を被った。右損害につき同日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金が発生するところ、平成三年九月二五日に内金一九四〇万円の損害元金の回収ができたので、その損害残元金は九九万一五八八円、平成三年九月二五日までの遅延損害金は三三万二四一〇円である。したがって、原告に生じた損害は、合計金一三二万三九九八円及び残元金九九万一五八八円につき平成三年九月二六日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金である。
(3) 原告は、本件資金運用取引のため、平成元年一月一九日に九四六九万八六五〇円、同月二三日に一八七五万九九七〇円、同月三〇日に八二五四万二五〇〇円、合計金一億九六〇〇万一一二〇円を被告に交付し、同金額の損害を被った。右損害につき、それぞれの金員交付の日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金が発生するところ、平成二年三月三〇日に内金一五一七万円、平成三年四月三〇日に内金一五〇〇万円の損害元金の回収ができ、また、右取引による最終残存有価証券等の価格が九七〇万五二〇一円であるから、その損害残元金は一億五六一二万五九一九円であり、平成三年四月三〇日までの遅延損害金は合計金二一三一万四四四二円である。したがって、原告に生じた損害は、合計金一億七七四四万〇三六一円及び残元金一億五六一二万五九一九円につき平成三年五月一日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金である。
(4) 原告は、本件訴訟を提起して損害賠償を求めるために、弁護士に訴訟委任する必要があった。右弁護士費用は、七五〇万円を下まわることはないところ、右金額は本件不法行為による損害である。
(5) 右(1)ないし(4)の損害は、合計金二億一二三一万六一三八円及び内金一億五六一二万五九一九円に対する平成三年五月一日から、内金一三八二万八〇〇〇円に対する平成三年五月三〇日から、内金九九万一五八八円に対する平成三年九月二六日から、各支払済に至るまで年五分の割合による遅延損害金である。
2 被告の反論
(一) 本件株式ファンド取引につき、被告従業員の取引勧誘及び取引成約の行為が不法行為にあたるとの主張は否認する。
(1) 被告の前名古屋駅前支店長Dが右取引につき原告に勧誘したとの事実及び同支店長Cが右取引につき利回りの保証をしたとの事実はない。
(2) Eは、原告に求められて、原告主張の約束をしたが、右約束は、右投資信託につき目標とする利回りを説明したものに過ぎず、いわゆる利回り保証の約束ではない。少なくとも、Eは、原告代表取締役Aとの個人的信頼関係の中で約束した事柄であり、被告の行為ではない。
(3) 仮に、被告が右約束をしたとしても、原告は、証券取引に精通した投資家であり、かかる利回り保証の取引が許されないことを知っていたのであるから、利回り保証に違法性があるからといって、原告の同意に基づく本件取引が不法行為にあたることはない。また、改正証券取引法は、刑罰をもって利回り保証約束を禁止しているのであり、損害賠償請求として実質的にその履行を求めたのと等しい請求を認めることは、右禁止の趣旨に適合しない。
(二) 本件山一CB取引につき、被告従業員の行為が不法行為にあたるとの主張は否認する。
(1) 被告の新瑞橋支店長Fが右取引につき利回りの保証をしたとの事実はない。
(2) Eは、原告に求められて、原告主張の約束をしたが、右約束は、右取引につき当時の一般的利益率の実績を説明したものに過ぎず、いわゆる利回り保証の約束ではない。少なくとも、EとAとの個人的約束であり、被告の行為ではない。
(3) また、仮に被告が右約束をしたとしても、前記(一)(3)のとおり、利回り保証に違法性があるからといって不法行為が成立するものではない。
(三) 本件資金運用取引につき、被告従業員の行為が不法行為にあたるとの主張はいずれも否認する。
(1) 原告のbの取引口座による証券取引は、原告が被告に資金を預け、被告においてこれを運用する合意が成立し、これに基づき、証券取引をなしたものであるが、取引の実施については、逐次、原告代表取締役Aと緊密な連絡を取り合い、協議のうえなされた取引であり、一任取引ではない。このことは、原告自身が自己の取引であることを認めているAの取引口座による取引と比較して、同一銘柄の証券を同日又は数日違いで取引している事例が多々あり、bの取引口座による取引も原告の意向に基づく取引であることが分かる。また、原告は、bの取引につき、その都度、購入した預かり証の交付を受け、売却のときは預かり証の返還を励行しているのであり、このことは、右取引が逐一原告の意思に基づいていたことを示している。
(2) また、原告と被告との間において、右取引につき、利回りを保証したことを窺わせる事情はない。原告は、右取引の資金を銀行から借り入れたことをEらが知っていたことから、被告が銀行金利以上の利回りを保証したもののように主張するが、仮にEの言葉の中に銀行金利以上の利回りで運用する旨の言及があったとしても、単に資金運用の目標ないし見込みを話題にしたに過ぎないと言える。また、原告は、そのような約束があったと言いながら、Eが死亡する以前にE以外の被告関係者に右約束の事実を告げて何らかの請求をしたことはなく、E個人との一定の了解ができていたとしても、少なくとも被告との約束であったとは言えない。
(3) さらに、前記(一)(3)のとおり、右取引が不法行為にあたることはない。
(4) 原告は、本件資金運用取引が過当な取引であり、いわゆる回転売買にあたるとして、被告の忠実義務違反を主張する。しかし、原告の主張は、原告が専門的に大量の証券取引をしていた実績や平成元年や平成二年当時のいわゆるバブル期の証券取引の実態を無視した議論であり、被告の担当者Eは、むしろ、Aの取引口座と同様に、原告と緊密な連絡を取り合って、原告の意向にそった取引を行ったに過ぎず、結果として取引損が生じたものの、被告に忠実義務違反はない。
(四) 原告の損害の主張は否認する。
仮に原告の損害を算定するとしても、原告の本件各取引によって被った損失額から、当然原告が負担しなければならない取引手数料、信用取引の利息分、取引税並びに証券市場における価格の平均下落率による損失分を控除して、被告が負担すべき損害額を算定する必要がある。
3 被告の抗弁(過失相殺)
原告及びその代表取締役Aは、それまでの投資経験から証券取引のリスクについては十分な認識があり、また、利回り保証の約束や取引一任勘定の合意があったとしても、その効力に問題があることも知っていた。また、原告は、取引による損失が発生していることを知りながら、E個人に対処を迫るのみで、被告の責任ある立場の者には何ら損失拡大を阻止するための申し出をしていない。原告のこれらの行為は、原告自身が不法な証券取引によって利益を得ようとしたことに起因するものであり、原告の損害の発生につき自ら過失がある。したがって、被告に何らかの不法行為責任があるとしても、原告の損害の算定につき、大幅な過失相殺をするべきである。
4 原告の反論
被告の過失相殺の主張は争う。原告の本件各取引は、専ら、被告側の不法な取引勧誘によって始まったもので、過失相殺が適用されるべき事案ではない。少なくとも、本件各取引による損失は全て原告に負担させられているのであり、双方の事情を考慮すれば、過失相殺の割合は極めて限定したものでなければならない。
第三争点に対する判断
一 原告は、争点1(一)のとおり、本件株式ファンド取引につき、被告の担当者E及び名古屋駅前支店長Cから利回り保証の約束をする旨の勧誘を受けて取引に入ったもので、被告営業担当者らの右行為は不法行為にあたる旨主張する。
1 前示のとおり、原告は、昭和六三年一〇月一一日、被告の名古屋駅前支店で本件株式ファンドを購入し、同月一三日、被告に対しその代金一億円を支払ったこと、被告の営業担当者Eが原告に対し、右投資信託を表面利率年七パーセントで運用する旨を約束していたこと、原告は、平成二年一一月一五日、本件株式ファンド取引のうち四〇〇〇口を売却処分したが、価格の値下がりにより、売却価格は三四五六万円で、購入時価格四〇〇〇万円を五四四万円下まわるものであったこと、原告は、平成三年五月二四日、本件株式ファンド取引の残りの六〇〇〇口を売却処分したが、同様に価格の値下がりにより、売却価格は五一六一万二〇〇〇円で、購入時価格六〇〇〇万円を八三八万八〇〇〇円下まわるものであったこと、以上の各事実は争いがない。
2 そして、証拠(甲第一号証、甲第一五号証、原告代表者Aの供述)によれば、原告は、昭和六三年九月頃、被告の名古屋駅前支店の支店長Dと営業担当者Eの訪問を受け、同人らから年利率七パーセントの利回り保証をするので本件株式ファンドを購入してもらいたい旨勧誘を受け、利回り保証の約束が証券取引法のうえで禁止されたものであることを知らないまま、その高利率の利回り保証に気持ちを動かされて右取引に応じたこと、原告代表取締役Aは、右契約後の同年一〇月一三日、被告の名古屋駅前支店に赴き、その時の新支店長C及び営業担当者Eから、右利回り保証の約束を記載した確約書(甲第一号証)の交付を受けたこと、原告は、C及びEの右約束を信じて、本件株式ファンドの代金を支払ったものであることが認められれる。
証人Cは、右甲第一号証はEがCの印鑑を無断で使用して作成したものである旨供述するが、同人は印鑑を支店事務室の支店長の机の引出しに入れて保管し、同事務室には他の職員らも机を並べて執務しているというのであり、また、Eは仕事熱心で、支店長らからの信頼もあったというのであるから、Eが無断でC支店長の印鑑を使用したということは容易には考えられず、原告代表者の供述に照らし、証人Cの右供述をたやすく信用することはできない。
3 被告は、右約束は、本件株式ファンドにつき目標とする利回りを説明したものに過ぎず、いわゆる利回り保証の約束ではない旨主張するが、単なる運用の目標を説明したに過ぎないとすれば支店長と営業担当者が連名で確約書を作成することまで行うとは考えられず、右主張は合理的ではない。また、被告は、右約束は、EとAとの個人的信頼関係の中で了解した事項に過ぎず、被告会社の職務として約束した行為ではない旨主張する。しかしながら、右約束は、被告の支店名を記載して、支店長Cと営業担当者Eが連名で確約書を作成し、原告に交付しているのであるから、到底、被告会社の職務に関係しないE個人の行為であると見ることはできない。
4 さらに被告は、原告は、証券取引に精通した投資家であり、かかる利回り保証の取引が許されないことを知っていたのであるから、原告の同意に基づく本件取引が不法行為にあたることはない旨主張する。しかしながら、原告が利回り保証の合意が証券取引法に違反する行為であるとの認識を有していたと認めるべき証拠はない。一方、被告の支店長及び営業担当者らは、平成四年一月一日の改正証券取引法が施行される前でも利回り保証の合意が禁止されていることは知っていたのであり、その上で、原告に本件株式ファンド取引を勧誘し、その成約のため利回り保証を約束したのであるから、原告に対する右投資勧誘行為は投資家の判断を誤らせるものであり、また、証券取引における自由な判断と責任負担の認識を損なうもので、社会的相当性を欠く行為である。
したがって、被告の担当者らが勧誘を行って原告をして本件株式ファンド取引に応じさせた行為は不法行為にあたるものと言わなければならない。原告が本件株式ファンド取引に同意したとしても右不法行為の成立を左右するものではない。
5 被告は、改正証券取引法は刑罰をもって利回り保証約束の履行を禁止しているのであるから、原告が損害賠償請求として実質的にその履行を求めたのと等しい請求をなすことは許されない旨主張する。
しかし、被告の担当者らは、証券取引の専門家で、証券取引法によって利回り保証約束が禁止されていることを知りながら、また、経済情勢の動向によっては利回り保証の約束が実行できるかどうかは不確実であることを容易に知り得るのに、原告に対し、あえてこれが確実であり、被告がこれを保証する旨の言辞を用いて原告に取引に応じさせたもので、被告の担当者らの右行為は、投資家である原告の自己責任による投資決定の判断を誤らせ、安易に不当な投資を促し、その結果、原告に多大な損失を被らしめたものであるから、その投資勧誘行為は社会的相当性を欠く違法なものであることは明らかである。被告は、右違法な勧誘行為により、原告に取引に応じさせ、かつ、手数料収入を得ていながら、これを右禁止規定の存在を理由に損害賠償請求に応じないとすることは、原告が利回り保証の履行を前提とした損害の保障を求めるなら格別、取引に入ったことによる損害の保障を求めるものである限り、衡平の観念に照らし、不合理である。原告は、後記のとおり、本件においては利回り保証約束の履行が得られないことによる損害賠償を求めるものではなく、被告に交付した投資金の返還を求める範囲で損害賠償を求めるに過ぎないのであるから、右禁止規定の存在が原告の請求を妨げることにはならない。
6 したがって、被告担当者らの不法行為は明らかであり、被告の使用者責任を免れるものではない。
二 原告は、争点1(二)のとおり、本件山一CB取引につき、被告の営業担当者E及び新瑞橋支店長Fから利回り保証の約束をする旨の勧誘を受けて取引に入ったもので、被告担当者らの右行為は不法行為にあたる旨主張する。
1 原告は、平成三年五月二四日、被告の新瑞橋支店で本件山一CB取引二〇〇〇口を代金二〇三九万一五八八円で購入し、右代金を同月二九日に支払ったこと、このとき、Eは、原告に対し、平成四年五月三〇日までの期間保有した場合は元利金二一三九万一五八八円を支払い、途中換金の場合は利息分を日割計算で支払う旨約束する誓約書を差し入れたこと、原告は、平成三年九月一九日、本件山一CB取引の二〇〇〇口を売却処分したが、価格の値下がりにより、売却価格は一九四〇万円で、購入時価格二〇三九万一五八八円を九九万一五八八円下まわるものであったこと、以上の各事実は争いがない。
2 証拠(甲第二号証、甲第一五号証、乙第一九号証、証人F及び原告代表者Aの各供述)によれば、原告は、平成三年五月二四日、前記の本件株式ファンド六〇〇〇口を売却した際、Eから本件山一CBの購入を勧められたが、その際、Eは、年利率五パーセントの利回りを保証し、途中換金の場合も日割り計算で同利率の利息を保証する旨申し向け、原告は、これを信じて購入を承諾し、同月二九日にその代金を支払ったこと、Eは、翌三〇日、被告の新瑞橋支店に訪れた原告代表取締役Aに対し、同支店長Fの同意を得て、同支店長と営業担当者Eの連名の誓約書を交付し、保証金額二〇〇〇万円、保証利回り年利率五パーセント以上、期間平成四年五月三〇日の最終日支払額二一三九万一五八八円、途中換金の場合は日割計算で利回り分を支払う旨を約束したこと、以上の各事実が認められる。
被告は、F支店長が右取引につき利回り保証の約束をした事実はないと反論するが、右認定を左右すべき証拠はなく、原告は、右誓約書によりF支店長との間においても右約束をしたと認められる。
3 被告は、右約束は、本件山一CBにつき目標とする利回りを説明したものに過ぎず、いわゆる利回り保証の約束ではない旨反論するが、F支店長と営業担当者のEが連名で誓約書を作成して交付しているのであるから、単なる目標利回りの説明であったとは考えられず、右主張は合理的ではない。
また、被告は、右約束は、EとAとの個人的信頼関係の中で了解した事項に過ぎず、被告会社の職務として約束した行為ではない旨主張するが、被告の支店名を記載して、F支店長と営業担当者Eが連名で誓約書を作成しているのであるから、被告会社の職務に関係しない行為であると見ることは到底できない。
4 さらに、被告は、被告の担当者らが右約束をしたとしても、本件山一CB取引が不法行為にあたることはない旨反論するが、右反論が当たらないことは前記一4及び5のとおりである。
三 原告は、争点1(三)のとおり、本件資金運用取引につき、被告の名古屋駅前支店長C及び営業担当者Eから「営業特金」取引の勧誘を受け、被告との間で、本件資金運用取引につき、銀行金利以上の利回りを保証し、期間を平成四年三月三一日までとする旨の一任勘定取引の約束をし、これを信じて、右取引に入ったものであるが、被告の右一任勘定取引及びその利回りを保証する旨の勧誘行為は違法なもので、不法行為にあたる旨主張する。
1 原告は、平成元年一月頃、被告名古屋駅前支店の営業担当者Eから、同支店に約二億円の資金運用の投資信託をしてもらいたい旨の投資信託の勧誘を受け、本件資金運用取引に応じたこと、原告は、右運用資金をA名義で東海銀行から借り入れ、Aが原告に貸し付ける方法で用意したこと、原告は、被告名古屋駅前支店に対し、同月一九日に九四六九万八六五〇円、同月二三日に一八七五万九九七〇円、同月三〇日に八二五四万二五〇〇円、合計金一億九六〇〇万一一二〇円を預託したこと、Eは、原告に対し、右資金を銀行金利以上の利回りで運用する旨言明していたこと、被告は、右取引につき、従来の原告の取引口座であるAと区別するため、新しくbの取引口座を設け、同口座で取引の管理をしたこと、本件資金運用取引は、平成四年三月三一日まで多数回の株式取引、株式信用取引がなされたが、同時期には、保護預かり分として帝国ピストンリング一万株(三九〇万円相当)、三共一〇〇〇株(二四一万円相当)、三共転換社債二〇〇〇口(二五一万二〇〇〇円相当)、保証金残金八八万三二一〇円を残すのみになったこと、以上の各事実は争いがない。
2 証拠(甲第一三号証の一及び二、甲第一五ないし一七号証、甲第二〇号証、乙第二号証、乙第四号証、乙第五号証の一ないし七五、乙第六号証の一ないし四一、乙第七号証の一ないし八、乙第八号証の一及び二、乙第九号証の一ないし一〇、乙第一〇号証の一ないし九、乙第一一号証の一ないし九一、乙第一二号証の一ないし三八、乙第一三号証の一ないし一七、証人F及び原告代表者Aの各供述)によれば、原告は、本件株式ファンドの購入をした後、被告名古屋駅前支店長C及び営業担当者Eから被告に取引を一任する「特金口座」を開設して資金運用をはかる取引を勧められたこと、その際、Eは「資金を被告に預けて運営を任せてください、資金は銀行から借り入れてもらいたい、銀行金利以上の利回りを保証します、年利率七・五パーセントぐらいならどうですか。」と一任勘定取引の内容を説明したこと、そこで原告は、被告との間で約二億円の資金をもって一任勘定取引をすることに合意し、右資金を東海銀行明道町支店から融資を受けることとし、銀行金利以上の利回りを保証し、期間を平成四年三月三一日までとする旨の本件資金運用取引の約束をしたこと、被告は、それまでの原告の取引口座をAとし、本件資金運用取引につき原告の取引口座を別途に用意し、これをbと呼んで、取引を区別して取り扱ったこと、右bの口座の顧客カードには、平成元年五月八日の日付で、特定金銭信託取引の記号であるNO1「特金」の記載がなされているが、右記載は被告の本店管理部で記入したものと推認されること、右取引は、平成四年三月三一日まで多数回の株式取引、株式信用取引がなされたが、Eは、その取引収支を名古屋地区を統括していたG部長に報告していたこと、一方、Eは、原告に対しては、一任勘定取引であるとして銘柄指定はできないし、取引期間中は中途解約ができないと説明しつつ、原告との事前打ち合わせ等をすることなく取引を進めていたこと、また、Eは、平成三年一〇月二日、原告代表取締役Aに対し、電話で「二億円の特金の方、あれ本当にいいんだろうね。」との問に「はい大丈夫です。」「本部のあれですので、間違いなく。」「約束したとおりです。」「会社としての約束ですから。」と答えていること、以上の各事実が認められる。
右認定事実によれば、本件資金運用取引は、原告の主張のとおりの一任勘定取引であると認めることができる。
3 被告は、原告のbの取引口座は通常の証券取引口座であり、被告が利回りを保証した一任勘定取引ではない旨反論する。しかしながら、前記の認定事実を左右するに足りる証拠はない。すなわち、
(一) 被告は、bの口座による取引も原告の指示による取引である旨主張し、その論拠として、Eが担当していた右取引につき、一任勘定取引として特別な扱いをしていた形跡はないこと、原告自身が自己の取引であることを認めているAの取引口座による取引と同一銘柄の証券を同日又は数日違いで取引している事例が多いこと、また、原告は、bの取引についても、その都度、売買報告書を受領し、被告は原告から証券の預かり証の交付又は返還を受けていたもので、原告の意思に基づく取引であることは明らかである旨を指摘する。
しかし、証人C、同Fの各証言によっても、Eが原告代表取締役Aと頻繁に連絡を取っていたというのみで、bの取引につき、その取引態様を明かにするものではない。一般に、同一人の取引につき二つの取引口座を置くことは異例のことであるうえ、原告のbの口座の顧客カードには特定金銭信託取引の記号であるNO1「特金」の記載がなされているのであるから、右取引はAとは扱いを異にする一任勘定取引であると見る余地が高いのに、同証人らは、この点につき、何らその意義を明かにしない。特に、右顧客カードは、被告において管理し、被告の本店管理部で右「特金」の記載をしたことが推認されるのであるから、その記載の意義につき被告において明かにできるはずのものである。この点につき明らかにしない以上、被告において、右取引口座を営業特金の扱いでなしていたと推認してよい。さらに、Eが原告代表取締役Aと頻繁に連絡を取っていたというが、bの各取引注文につき原告の個別の指示によることを明かにする証拠はない。原告は通常の取引であるAの取引も平行的になしていたのであるから、Eと原告が頻繁に連絡を取り合うことは当然であり、何ら前示認定に矛盾する事柄ではない。また、bの取引がAの取引と同一銘柄のものが多いとすることは、原告代表取締役AがEの相場感を聞きながらAの取引を進めていたとすれば、当然に有り得る事態であり、bが一任取引ではないとする論拠にはならない。原告がbの取引につき、通常どおり売買報告書の送付を受け、取引証券の預かり証の交付又は返還をその都度受けていたことは、一任勘定取引であっても売買報告書の送付や預かり証の授受は当然になされることであるから、そのことがあったからといって、前示の認定を左右する事情には当たらない。
(二) 被告は、本件資金運用取引につき利回り保証の約束があったことはない旨反論する。
しかしながら、原告と被告との取引において、原告が被告に一任勘定の取引を委託しながら、その取引結果につき何らの利回り保証がなかったとすることは考えられない。前示のとおり、Eは、原告代表取締役Aとの電話での遣り取りで、「二億円の特金の方、あれ、本当にいいんだろうね。」との問に「約束したとおりです」と答えているのであり、利回り保証の約束があったことは容易に推認することができる。被告は、仮にそのような話があったとしても、E個人の見込みないし了解に過ぎないと言うが、Eは「本部のあれですので、間違いなく。」「会社としての約束ですから。」と述べているのであり、原告代表者Aの供述を左右することはできない。
4 被告の担当者らによる原告に対する利回り保証をした一任勘定取引の勧誘が違法なものであることは明かであり、本件資金運用取引は、被告の担当者らによる過当取引があったかどうかを吟味するまでもなく、被告の担当者らの不法行為に基づくものであると言うことができる。
被告は、被告の担当者らが右利回り保証の一任勘定取引の合意をしたとしても、本件資金運用取引が不法行為にあたることはない旨反論するが、右反論が当たらないことは前記一4及び5のとおりである。
四 以上のとおり、本件株式ファンド取引、本件山一CB取引及び本件資金運用取引は、いずれも被告の担当者らによる不法行為に基づく取引であるから、被告は、被告の担当者らによる不法行為の使用者責任に基づき、原告に対し、これによる損害につき、損害賠償の義務がある。しかるところ、被告は、争点3のとおり、過失相殺を主張するので、この点を判断する。
1 証券取引は、もともと、利益を得る可能性が高い反面、損失の危険も多い取引であり、証券会社の営業担当者が取引の有利な見込みにつき過剰な言明をしたとしても、証券取引に臨む者は、その自己責任の原則により取引の諾否を決すべきものである。
2 前示の本件紛争に至る経過の認定事実によれば、原告代表取締役Aは、昭和五〇年頃、野村證券株式会社との間で半年間位の期間で証券取引をした経験があり、昭和六二年三月二〇日頃からは被告との間で証券取引を開始し、月平均の投資残高が一億数千万円に上る取引をし、右取引は昭和六三年七月頃まで頻繁に行われたこと、原告は、Aが個人で行ってきた証券取引を引き継ぎ、被告の名古屋駅前支店に取引口座を開設し、右取引口座において信用取引も含む証券取引を頻繁に行っていたこと、以上の各事実が明かである。
原告代表者Aの供述によれば、原告は、右のような証券取引の経験を有し、証券取引につき相応な判断力を有するにもかかわらず、証券取引法により禁止された取引であることの認識を持たないまま、被告の担当者らの利回り保証約束の勧誘を甘んじて受け入れ、証券取引の基本的原則を無視して利益の確保に走ったことが明かである。
3 原告の右態度は、証券取引の当然の危険性を一方の被告にのみ負わせようとするものであり、不合理な利益追求の態度である。原告は、これにより損害を被ったとしても、相応の過失相殺の分担を負うべきである。本件に顕れた諸般の事情を考慮すると、原告の被った損害を定めるについて、三割の過失相殺を行うのが相当である。
五 よって、原告の損害を検討する。
1 本件の紛争に至る経過の事実によれば、原告は、本件株式ファンド取引のため、昭和六三年一〇月一三日に一億円を被告に交付し、同金額の損害を被ったことが認められる。しかし、前示の過失相殺を考慮すると、原告の右損害は、その七割に相当する七〇〇〇万円であると言うべきであり、同金額につき金員交付の日の翌日である同月一四日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金が発生する。
しかるところ、①原告は、平成二年一一月二〇日に金三四五六万円の損害回収ができたので、同日までの民事法定利率による遅延損害金七三六万四三八三円及び損害元金の内金二七一九万五六一七円の損害充当ができ、損害残元金は四二八〇万四三八三円になった。②原告は、その後、平成三年五月二九日に金五一六一万二〇〇〇円の損害回収ができたので、同日までの民事法定利率による遅延損害金一一一万四〇八六円及び損害元金の残金四二八〇万四三八三円の合計金四三九一万八四六九円の損害全額につき充当ができ、過払金は七六九万三五三一円になった。
2 本件の紛争に至る経過の事実によれば、原告は、本件山一CB取引のため、平成三年五月二九日に二〇三九万一五八八円を被告に交付し、同金額の損害を被ったことが認められる。しかし、前示の過失相殺を考慮すると、原告の右損害は、その七割に相当する一四二七万四一一一円であると言うべきであり、同金額につき金員交付の日の翌日である同月三〇日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金が発生する。
しかるところ、①原告は、平成三年五月二九日に前示の過払金七六九万三五三一円があるので、その実損金額は六五八万〇五八〇円になる。②原告は、平成三年九月二五日に金一九四〇万円の損害金の回収ができたので、同日までの民事法定利率による遅延損害金一〇万七二七二円及び損害残元金六五八万〇五八〇円の合計金六六八万七八五二円の損害全額につき充当ができ、過払金は一二七一万二一四八円になった。
3 本件の紛争に至る経過の事実によれば、原告は、本件資金運用取引のため、平成元年一月一九日に九四六九万八六五〇円、同月二三日に一八七五万九九七〇円、同月三〇日に八二五四万二五〇〇円、合計金一億九六〇〇万一一二〇円を被告に交付し、同金額の損害を被ったことが認められる。しかし、前示の過失相殺を考慮すると、原告の右損害は、いずれもその七割に相当する、平成元年一月一九日に六六二八万九〇五五円、同月二三日に一三一三万一九七九円、同月三〇日に五七七七万九七五〇円、合計金一億三七二〇万〇七八四円であると言うべきであり、右各金額につき各支払日の翌日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金が発生する。
しかるところ、①原告は、平成二年三月三〇日に金一五一七万円の損害回収ができたので、同日までの民事法定利率による遅延損害金八〇八万一四〇〇円(平成元年一月二〇日から同月二三日までの遅延損害金三万六三二二円、同月二四日から同月三〇日までの遅延損害金七万六一五七円、同月三一日から同年三月三一日までの遅延損害金一一二万七六七七円、同年四月一日から平成二年三月三〇日までの遅延損害金六八四万一二四四円の合計金)及び損害元金の内金七〇八万八六〇〇円の損害充当ができ、損害残元金は一億三〇一一万二一八四円になった。②原告は、その後、平成三年四月三〇日に金一五〇〇万円の損害元金の回収ができたので、平成二年三月三一日から同日まで三九六日間の民事法定利率による遅延損害金七〇五万八一四〇円及び損害残元金の内金七九四万一八六〇円の損害充当ができ、損害残元金は一億二二一七万〇三二四円になった。③また、原告は、平成三年九月二五日に前記2②の過払金一二七一万二一四八円があるので、これを同年五月一日から同日まで一四八日間の民事法定利率による遅延損害金二四七万六八七七円及び損害残元金の内金一〇二三万五二七一円の損害充当し、損害残元金は一億一一九三万五〇五三円になった。④さらに、原告は、本件資金運用取引の最終日である平成四年三月三一日に、最終残存有価証券等の評価額金九七〇万五二〇一円を得たので、これを平成三年九月二六日から同日まで一八七日間の民事法定利率による遅延損害金二八六万七三七七円及び損害残元金の内金六八三万七八二四円の損害充当し、損害残元金は一億〇五〇九万七二二九円になった。
4 被告は、原告の損害金を算定するにあたっては、本件各取引によって被った損失額から取引手数料、信用取引の利息分、取引税及び株価の平均下落率による損失分を控除して、被告が負担すべき損害金額を算定すべきである旨主張するが、原告は、本件不法行為により取引損が生じたとする損害を主張するのではなく、本件不法行為によって金銭を交付したこと自体が損害であると主張するのであるから、被告が主張する金額を控除する必要はない。
5 したがって、原告は、被告に対し、右損害残元金一億〇五〇九万七二二九円及びこれに対する平成四年四月一日から支払済までの民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求め得るところ、原告は、本件訴訟を提起して損害賠償を求めるために、弁護士に訴訟委任する必要があったことは容易に認められる。右弁護士費用のうち、被告に負担させるべき金額は五〇〇万円が相当であると認められるので、右金額は本件不法行為による損害である。そうすると、被告は原告に対し、合計金一億一〇〇九万七二二九円及び弁護士費用を除く損害金一億〇五〇九万七二二九円に対する平成四年四月一日から支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。
六 以上のとおりであるから、原告の本件請求は右の限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるので棄却する。
(裁判官 大内捷司)